横浜地方裁判所 平成2年(ワ)274号 判決 1991年9月30日
原告
菅野浩三
被告
筒川裕湧
主文
一 被告は、原告に対し、金二四八万一九一八円及びこれに対する平成元年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
四 この判決一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金四九三万七三三五円及びこれに対する平成元年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故により負傷した原告が加害車両の運転者かつ保有者である被告に対して人身損害の賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成元年二月四日午前一〇時〇五分ころ
(二) 場所 横浜市保土ヶ谷区和田二丁目一二番二号先(国道一六号)路上
(三) 加害車両 普通貨物自動車(横浜四〇そ八九八一)
同運転者かつ保有者 被告
(四) 被害車両 普通貨物自動車(相模四〇た六九九)
同運転者 原告
(五) 態様 赤信号のため停車中の被害車両後部に加害車両が衝突(追突)した。
2 責任原因
被告は、自賠法三条及び民法七〇九条(前方注視義務違反)により賠償責任を負う。
二 争点
1 本件事故により原告が受傷したか。
原告は、頸椎捻挫の損傷を受け、入通院を要したと主張するのに対し、被告は、本件事故は極めて軽微な物損事故であり、本件事故により原告が受賞することはあり得ないと主張する。
2 原告の損害額
原告の請求額は、治療費五七万一七三二円、入通院交通費一万六三二〇円、休業損害三三〇万五六六三円、慰謝料一〇〇万円であり、原告は、休業損害(電気工事業)について、事故年度に受注していた工事が本件事故による休業のため解約されたので、同請負代金額を基礎に経費を控除して計算すべきであると主張する。
被告は、<1>休業損害について、右受注が確定していたとは認められないし、右計算によると過大になるのて、前年分の申告所得金額を基礎に計算すべきである、<2>原告には頸椎椎間板に老人性変化による狭小化が認められるので、過失相殺の法理、公平の原則により被告が負担すべき損害額は減額されるべきであると主張する。
第三判断
一 本件事故による原告の受傷及び治療経過
証拠(かつこ書きで記載)によれば、以下のとおり認められる。
1 本件事故は、原告が赤信号に従つて停止したところ、被告が前方注視を怠つたまま進行(時速四、五〇キロメートル)し、原告車が停止したのに気付くのが遅れ、制動措置をとつたが間に合わず、被告車(ライトバン)前部が原告車(トラツク)後部にめり込むようにして追突したものである(甲五の一・二、乙二、乙三の一三頁の被告車の写真、原・被告各本人)。原告車の修理代金は、六万五〇五〇円で、比較的少額であるが、これは衝突部位、車両構造によるものである。これに対し、被告車は、前部バンパー、フロントグリル、ライト、ボンネツト、フエンダー等が破損するなど破損の程度がひどく、昭和五八年式の古い車両であつたため廃車とされた(被告は、修理見積りをしたといいながら、修理代金を証する証書として、右修理代金とは全く関係がない乙一を提出している。)。
原告は、原告車が約一・五メートル押し出されたと供述するところ、本件については実況見分調書が作成されておらず、右の点を証する資料はないが、右事故の状況に照らすと、衝突時の衝撃は小さくなかつたと思料され、ある程度押し出されたと推認される。
被告は、事故状況について、原告車の後方約六メートルの地点に一旦停止し、原告車が動き出したので被告車を発車させ、脇見をしたので少し動いていた原告車に追突したと供述するが、被告車の破損状況、事故後被告が前記認定の事故状況を認めていたこと、被告の事故時の状況(信号の表示等)についての供述が極めてあいまいなことなどに照らし、被告の右供述は到底採用できない。
2 原告は、事故直後から首に痛みがあつたが、当日はやむを得ず予定の仕事をして、二日後の二月六日、小林整形外科(入院施設なし)で受診し、頸部、背部の疼痛、運動傷害、圧迫痛等があり、頸椎捻挫、背部挫傷で約三週間の通院加療を要する見込みとの診断を受け、就労禁止の指示を受け、以後同年六月九日まで三三日間(初診日を含み、二月が一〇日、三月が一日、四月が三日、五月が一四日、六月が五日)、同医院に通院し、牽引、電気治療等を受けた。その間、症状が改善しないので、二月二一日から三月一八日まで五日間、日産厚生会玉川病院に通院し、更に、同月二二日から四月八日まで一八日間、同病院に入院し、初診時、項部の疼痛、頭重感、頸椎不橈性等があつたが、頸部の安静、頸椎牽引、鎮痛剤投与を行い、症状が軽減した(甲八、九の一・二、一一、乙五、六、八、原・被告各本人)。
3 以上の事実によれば、原告が本件事故により受傷し、入通院を要したことは明らかである。なお、原告には頸椎レントゲン検査により変形性頸椎症(加齢的変化による頸椎椎間腔の狭小化)が認められる(乙五、六)が、このことは、原告の本件事故による受傷を否定するものではない。
これに対し、本件事故により原告に医師の治療が必要な傷害が生じたとは考えられないとの大慈彌雅弘の工学鑑定(乙三。同証人の証言を含む。以下「大慈彌鑑定」という。)があるが、以上に認定の事実及び以下の理由により採用できない。
すなわち、一般論として工学鑑定(自動車工学的見地)のみで受傷を否定することはできない。大慈彌鑑定は、衝突時の被告車の速度を時速約一六・九キロメートル(これによる加速度を約一・四七G)と推定し、一部の文献を引用して、この程度では受傷することはあり得ないとするが、具体的な事故の状況、受診の経過等を離れて、右程度では受傷することはあり得ないとする見解自体採用できない。また、大慈彌鑑定は、前記被告の供述に係る事故の状況を前提としており、原告車の写真及び修理内容から原告車の受けた衝撃力が軽微であつたとして右推定値を求めているが、右推定値の算出(被告車の対固定壁換算速度を時速一〇キロメートルとしたことなど)自体、右以外の本件事故の具体的状況を全く考慮しておらず、独断にすぎない。さらに、大慈彌鑑定は、原・被告各車両の重量差からより強い加速度を受けた被告の身体に傷害がなく、衝撃(加速度)の低い原告の方に傷害が生じることは、不自然、矛盾であるとするが、追突事故において追突者が受傷せず、被追突者が受傷することは、一般論として何ら不自然なことではなく、右見解は理解しがたい。結局、大慈彌鑑定は、時速一〇数キロメートル程度以下の比較的低速な追突事故では被追突者が受傷することはおよそあり得ないとする見解をとり、この見解を前提に、被告の依頼を受けて鑑定意見を出したもので、採用できない。
二 原告の損害額
1 治療費
証拠(甲九の二、一〇の一から七まで)によれば、日産厚生会玉川病院の治療費として、五七万一七三二円を要したことが認められる。
2 入通院交通費
証拠(甲九の二、一二)によれば、日産厚生会玉川病院に係る入通院交通費(六回分)として、一万六三二〇円を要したことが認められる。
3 休業損害
(一) 原告(昭和三年七月五日生)は、個人で電気工事業を営み、主として、金門電気株式会社から受注を受けて電気工事をしていた(甲一四、一八、二〇、原告本人)ところ、前記一の2の事実によれば、原告は、本件事故による受傷により休業せざるを得なかつたものと認められる。
(二) 原告は、本件事故当時、右受注先からの平成元年二月以降の同年中の工事の受注が甲一五のとおり決まつていたところ、本件事故により就業できず右受注がすべて解約されたと供述し、右受注額を基礎に休業損害を算定すべきであると主張する。
しかしながら、甲一五に係る受注工事は、本訴提起後に至つて初めて主張されたもので、それ以前の原告と被告(任意保険の全労済)との間の示談交渉では全く異なる受注工事が主張されていたこと(乙九)、甲一五は本訴提起後に作成されたものである上、これによつても予定とされているにすぎず、他に右受注工事が決まつていたことを認めるに足りる証拠がない(原告のこの点についての供述もあいまいである。)こと、甲一五に係る受注工事がされたとして原告の主張どおり甲一五(一〇六〇万円)、一七(一月分三一九万〇九〇〇円。ただし、帳簿等の裏付けがなく、その正確性は不明である。)により原告の平成元年分の収入金額を算定すると、一三七九万〇九〇〇円となり、原告の事業内容に大きな変化がないのに、前年(昭和六三年)分の申告に係る収入金額八九一万三二五二円(ただし、帳簿等の裏付けがなく、その正確性は不明である。)と比較して不自然に過大となることなどに照らすと、原告の右供述及び主張は採用できない。
(三) そこで、原告の休業損害を算定するに、まず、休業期間については、前記一の2の事実に照らし、事故日(二月四日)から三か月間及びその後最終通院日(六月九日)までの通院日数にほぼ相当する〇・五か月間の合計三・五か月間と認める(原告も、五月から仕事を始めたことを認めている。)。そして、前年(昭和六三年)分の申告所得金額は、専従者控除前で三四〇万〇五七三円であるのに対し、賃金センサス平成元年第一巻第一表、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・六〇歳から六四歳までの年齢階級別年間平均給与額は、三七五万〇四〇〇円であるところ、原告の事業所得も通常であれば前年分より増加が見込まれることなどに照らすと、右賃金センサスの年収額を基に期間按分計算をして算出される一〇九万三八六六円をもつて原告の休業損害額と認めるのが相当である。
4 慰謝料
治療期間その他諸般の事情を考慮すると、八〇万円が相当である。
5 よつて、原告の損害額は、二四八万一九一八円となる。
6 被告が負担すべき損害額の減額の要否
前記一の3のとおり原告には本件事故による受傷部位に加齢現象が認められる(ただし、既存傷害又は既往症はない。甲九の二、乙五)が、加齢現象があることのみをもつて当然に賠償額を減額すべきであるとはいえず、本件の治療経過等に照らしても、本件においては賠償額を減額するのは相当でない。
(裁判官 杉山正己)